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■ 1971年モデル 「 ダッジ・ダート カスタム 」
ダッジにとってダートという車名はコンセプトカーにルーツを持つ非常にインパクトがあるものでした。 フルサイズカーの車名に導入されたのが 1960年モデル。 その後 1963年モデルからは新たに新設計のコンパクトカーへとスイッチし親しまれることとなります。
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ダート カスタムというグレードはそれまでのダート 270 に代わって 1969年モデルから新たに導入されたもの。 基本的にローコストであることが存在意義だったベーシックコンパクトカーとはいえユーザーの間では上級モデルを望む声も大きく、装備とトリムを充実させたトップグレードとしての意味を持っていました。 最初はハードトップも用意されていたダード カスタムですが、1971年の時点では 4ドアセダンのみに整理されています。
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■ 1972年モデル 「 ダッジ・モナコ クーペ 」
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ダッジのフルサイズカーにおけるトップモデルだったモナコは、1965年モデルから当時のカスタム 880 シリーズに最上級グレードとしてラインアップに加えられました。
その後、フルサイズのベーシックグレードがカスタム 880 からポラーラとその名を変えてもモナコは変わらず。 いかにもフルサイズらしい堂々たるフォルムと充実した装備、そして 440 ユニットに代表される大排気量エンジンと共に独自の世界を構成していくこととなりました。
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そして 1972年モデル、多くの大排気量モデルが姿を消してしまっていた一方で、フルサイズのモナコは依然として 7 リッタークラスのエンジンを選択することができました。 モナコの 2ドアクーペは、いわばダッジにとって最後のハイパフォーマンスカーでした。
■ 1972年モデル 「 ダッジ・ポラーラ 」
1960年代の後半から 1970年代の初めにかけて、ダッジのフルサイズカーはその大きさ、存在感、そしてパフォーマンスのいずれもがまさに頂点に達していた存在でした。 ちなみに最強モデルのエンジンはその名も 440 マグナム。
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1972年モデルの時点では既に SAE ネット表示の導入と圧縮比の低下などでその最高出力は 280hp にまで落とされていましたが、1970年モデルまでは 357hp を発揮していた強力なユニットでした。 一般にこの年代のフルサイズカーには余り速いという印象は無いのですが、440 マグナムを搭載したダッジ・ポラーラはこの限りにあらず。 実測で 140mph ( 約 227km/h ) 以上のスピードを記録したというデータも残っています。
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■ 1974年モデル 「 ダッジ・ダート スポーツ 」
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1970年のマスキー法 ( 自動車排ガス規制 ) 成立以降、高出力エンジン搭載車はその多くが継続生産は不可能として次々と市場から消えて行きました。
しかしその中で比較的設計が新しいエンジンを搭載していたダートとデーモンは、圧縮比を下げるなど排気ガス規制に対応しながらも最強時代と余り変わりが無かった性能を維持していたのが特長です。
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ダート スポーツは惜しまれながらデーモンの生産が終了した後、1973年モデルから導入された新しいグレードでした。 もともとはコンパクトカーの中でもベーシックグレードとして誕生したモデルながら、最もパワフルだった時代のパフォーマンスとエンジンフィールを維持していた存在としてハイパフォーマンスカーファンの心に残る一台となっています。
■ 1978年モデル 「 ダッ・D100 リトル レッド エクスプレス 」
1960年代を象徴するハイパフォーマンスモデルがすっかりとなりを潜めてしまっていた 1970年代の後半、ダッジから 1台のユニークなモデルが発表されました。
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その名はダッジ・D100 リトル レッド エクスプレス。ライトデューティピックアップの D100 をベースに、メーカー自信の手でさまざまなモディファイがなされていたカスタムピックアップでした。 しかもこのモデルが並の存在で無かったのは、エンジンやトランスミッションといったメカニカルコンポーネンツにも手が加えられていたこと。 ダッジにおけるハイパフォーマンスモデルの復活はカスタムピックアップを通じてのことでした。 これもまたダッジならではの個性が現れていた出来事でした。
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■ 1979年モデル 「 ダッジ・オムニ 024 」
第一次オイルショックの後、米国内で急激に高まることとなった燃費の良いサブコンパクトカーブームに際して、1978年からダッジが投入したモデルが FF ハッチバックというヨーロピアンスタイルのオムニでした。
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メカニカルコンポーネンツは当時提携関係にあったフォルクスワーゲンから流用、すなわちエンジンやトランスミッションはフォルクスワーゲン・ゴルフと共用でした。
オムニはそれまでのダッジのラインアップの中ではかなり異色のモデルでしたが日本からの迫り来るライバルを前に健闘、この年のモータートレンド誌のカー・オブ・ザ・イヤーに輝いています。 またバリエーションには翌年に登場したクーペの 024 やピックアップなどもありました。
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■ 1979年モデル 「 ダッジ・セントレジス 」
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1970年代の終わり、アメリカの自動車業界では往年のフルサイズカーが次々とダウンサイジングを受けていました。
そんな中、ダッジが R カーこと新設計のフルサイズカーとして 1979年に導入したのがセントレジスでした。
この車名はもともと 1955年型クライスラー・ニューヨーカーの最上級モデルに対して与えられていたもの。 ダッジは伝統あるこの名称を新型フルサイズカーへと継承したのです。 しかし時代はもはやフルサイズカーを必要とはしていませんでした。
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セントレジスは 3年間生産されただけで 1981年モデルを最後に消えて行くこととなります。 最後のセントレジスのユーザー、それは全米各地のハイウェイパトロールだったと言われています。
■ 1984年モデル 「 ダッジ・キャラバン 」
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1980年代の初めまでというもの、アメリカにおけるパッセンジャーバンは、その多くがピックアップのコンポーネンツをベースとした商用バンの派生型に過ぎませんでした。
そうした状況の中、1984年型のニューモデルとして投入されたキャラバンは、アメリカの平均的なガレージにも入る手頃なサイズで、従来の米国のステーションワゴンと同じ快適性を持ち、さらにより広いキャビンと経済性を兼ね備えていました。 すなわち現代に続くミニバンのルーツというべきエポックメイキングな 1台でした。
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キャラバンとその兄弟車であったプリマス・ボイジャーに続く様に、ライバルメーカーは次々とミニバンをリリース。この流れは程なくして一大ブームとして全世界に波及することとなります。
■ 1994年モデル 「 ダッジ・ラム 」
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それまで一部のスペシャルモデルを除くと、どちらかというと地味な存在だったダッジのピックアップトラックが一躍注目されることとなったのは 1994年モデルからのことでした。
フルモデルチェンジしたラムは、そのスタイルにおいてまさにライバルを圧倒する存在感を示していたのです。 ピックアップであることを主張する大きなボンネットと独立したフェンダー。 そのシルエットはクラシカルでありながら最新でもあるというダイナミックなものでした。
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以来、ダッジ・ラムはアメリカンピックアップの典型として、それまでダッジには無関心だった人々にも強くアピールして行くこととなりました。 1994年にラムにとってまさにエポックメイキングな年だったのです。
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